ライティングにはAIを適用しないことにしました
プログラミングを覚え始めた当初からEmacsを使ってきたので、ライティングとコーディングは同じ環境(Emacs)で行うのが当たり前でした。文字書きに適したエディタが時々出てきて、それらを試したこともあるのだけれど、手には馴染みませんでした。
2018年くらい(?)にEmacsからVS Codeに乗り換えて、ブログなどのライティングもVS Code上で行うようになっています。そして、2023年頃に現れたのがGitHub Copilotです。エンターキーを押すと、それっぽいコードをインテリジェンスに出してくれます。変数名の補完も、関数名も自在に保管してくれ、革命的に便利な機能でした。
たぶん最初の頃はプログラミング言語に対してだけ有効だったはずなのですが、すぐにドキュメントにも補完が行われるようになりました。ちゃんと日本語で、こちらの気持ちを察して生成してくれる。素晴らしい!
でも、それも先日まで。残念だけれど、Markdownに対してはGitHub Copilotは無効にしました。
その要因は、生成AIによって自分の思考回路が引っ張られる感覚が強くなったからです。文章の書き方は人によって違うと思いますが、私の場合は割と雰囲気で書いているところが大きいです。徐々に書いていく中で言語化・解像度が上がって結論につながっていくイメージです。
そうした書き方だと、長文の補完が出てきてそれを採用すると、自分の思考までぐっとそっち側に引きずられてしまいます。サジェストを数回採用すると、そもそも自分が書きたかった内容ではない「何か」になってしまっています。
その感覚を覚えてから、GitHub Copilotに書かせるのはダメだと気づきました。ゼロから一を作る部分は自分で進めなければ、何の面白みもない空気みたいな文章が生まれてしまう気がします。
もちろん、手作業で書くと時間がかかるし、支離滅裂な部分があったり、誤字もあるかもしれません。そうした時に最低限の編集をAIに任せるのは良いかもしれません。
AI向きのテキスト
AIで作るドキュメントとして向いているものがあるとすれば、ある程度作成したソフトウェアのREADMEや、ドキュメントはいいと思います。ベースになるソフトウェアのコードはあるので、それを網羅的に調べてドキュメントを作ってくれるのはAI向きではないでしょうか。
ブログはそうじゃなく、私の中にコンセプトがあって、それを吐き出す場です。そこにAIが絡むと若干の気持ち悪さがあるなぁと。
英訳・日本語訳
先日、zenn.devでブログ記事の自動英訳機能が炎上していました。
記事の英語版生成の実験的な提供を開始します(Beta) | What’s New in Zenn
デフォルト有効というのはよくなかったかも知れませんが、自動英訳自体はいいと思います。日本語の記事でとてもいい内容なのに、日本語であるためにグローバルに届いていないものがたくさんあるからです。
たとえばCodeRabbitに関する日本語の記事を紹介したいと思った時に、それを英訳してからSlackで共有するのは面倒なんですよね。日本にいいエンジニアがいることをアピールしたいのに、日本語という言語が壁になってしまうのは非常に勿体無いと感じています。
もちろん、誤訳があったり、どこからかいきなりツッコミが来るかも知れませんが、それも含めてコミュニケーションなんじゃないでしょうか。誤訳があっても自分が悪いわけではなく、zenn.dev側の問題ですし、0.001%の誤訳を恐れてグローバル発信を嫌がるのは勿体無いです。
まとめ
ということで、この文章もAI味ゼロ%でお届けしました。