個人的な経歴を簡単に書くと、こんな感じです。

  • 1999年:高専卒
  • 1999年:ケーブル会社就職
  • 2000年:B2BのEコマース会社に転職
  • 2002年:インターネット広告会社に転職
  • 2005年:独立(フリーランス)
  • 2013年:法人成り

今回は会社員に戻るということで、あまりそういった機会は多くないので、ここにこれまでの略歴をまとめてみたいと思います。

ケーブル会社時代

最初はケーブル会社へ、品質管理のエンジニアとして就職しました。当時はインターネットケーブルを世界中に張り巡らせるプロジェクトが進行しており、光ファイバーケーブルの販売が伸びていた時期でした。

そんな折、たまたま英語が話せたので、営業部長と一緒に海外へ、営業のお手伝いに行く機会がありました。99年の12月、雪が降る中ニューヨーク(といってもイサカという超田舎)へ行って、子会社のECサイトを手伝うことになりました。ケーブルの出荷を手伝うような作業だったのですが、当時はAmazon.comがはじまったくらいの頃で、仕組みとしてはかなり先進的だった覚えがあります。また、Eコマースという仕組みに感動し、これから世界が変わるのを実感した瞬間でもありました。

そのあと、イギリスにいってMPEG4の前進になる技術を見たり(あの時、投資していたらこのケーブル会社はすごかっただろうに…)、オランダでマリファナ中毒者に声をかけられたり(今もオランダは合法ですね)、オランダからドイツに帰れとホテルを追い出された挙句、電車に乗れずに行き詰まったり(当時のオランダは英語話者が少なく、Googleマップもない時代)と色々面白い体験をしました。

日本に帰国後、USJにケーブルを卸した後で転職活動をはじめました。

Eコマース時代

2000年は日本でもインターネットブームが来ていました。ちょうど、3月にサイバーエージェントが上場し、熱量が高まっていたのを覚えています。いくつかの企業で面接をして、B2BのEコマースサービスを提供する企業に就職したのが2000年5月だったと記憶しています。

当時の渋谷はビットバレーと呼ばれるテック企業が集まっていた時で、その会社も1社に入っていました。DeNAの前身であるビッダーズや、Yahoo! Japan、Find! Jobのイー・マーキュリーなど色々な会社の人たちと徹夜上等で仕事をしていた時代です。近くのビルにネイバーというオンラインゲームの企業が入り、あっという間に大きくなって恵比寿に引っ越していきました。彼らはその後、合併してLINEになっています。

ビッダーズもオークションサービスの頃はヤフオクに押されて苦戦していましたが、モバゲーをはじめた途端に急成長して遥か遠い世界の人たちになってしまいました。私のいた会社はなかなか鳴かず飛ばず、かといって全くダメでもないといった低空飛行の状態でした。2、3回目の出資の関係でiPAQというPDAを手にしたのを覚えています。Windows Mobileで、通信カードも入れられて良い端末でしたが、コンパック自体があっという間に廃れてしまったのが残念です。

当時は働き方ががむしゃらで、生産性という意味では下の下みたいな感じでした。ほぼ自宅に帰らず働き続け、無茶なスケジュールに応え続ける状態でした。プロジェクトが佳境になるたびに徹夜が続き、ギリギリの状態でリリースするといったことが繰り返されました。スタートアップならではかも知れませんが、もっと効率的な方法は多数あっただろうと今ならわかります。

その頃、その会社のCTOが技術者交流会というのをはじめました。今の勉強会のはしりみたいなものかも知れませんが、特にセッションなどなく、集まって酒を飲みつつ会話するだけのものです。その会が縁で、connpassを提供するビープラウドの佐藤社長と知り合いました(その交流会の派生版だったと思います)。

結局、その会社では最初がMS Access + VBA、次がVB6、そのあとがPHP3でのシステム開発を経験することになります。PHP3のシステム(Eコマース側)は、Javaに刷新しましたが、私自身はPMとして指示するのみだったような記憶が。サーバーはTurbo Linuxを使っていましたが、日本語表示が変でOracle 8iのインストールに苦戦した思い出があります。

プライベートでは2002年に結婚して、2003年に子供が産まれています。ライフステージが変化しても働き方に大きな変化がなく、いつも終電で帰っているような状況でした。通常、スタートアップでは3年でIPOできないなら芽がないと言われます。3年目になり、離陸する雰囲気がなかなか感じられなかったこともあって、ワークライフバランスを刷新する意味でも転職を決意しました。

なお、この会社はその数年後に上場しています。ストックオプションはそれなりにあったと思いますが、とても耐えられなかったですね。

インターネット広告代理店時代

Eコマースの会社では割と高く評価されており、年齢の割に高い給与をもらっていました。そのため、いざ転職しようと思った時に、なかなか条件を維持するのが難しかったです。そうした中で2社ほどオファーをもらい、インターネット広告代理店に決めました。もう一つの会社は旅行代理店系だったのですが、社長がガンガン働くタイプで、こちらにもそれを期待していました。それではEコマース会社での働き方と変わらないと感じて、お断りすることとしました。

インターネット広告代理店での面接では、その辺りの要望を聞いてもらえたこと、裁量権の大きさが決め手になったと記憶しています。その頃から割と独立したいという気持ちが高まっており、3年で辞めると思いますとも伝えていました。結局、3年1ヶ月で辞めているので、予定通りだったと言えます。

インターネット広告代理店では、ITシステムの管理全般を担っていました。いわゆる情シス的な立場ですが、内部のシステム開発も行っていました。社内LANの整備から、複合機の契約、サーバーの購入とセットアップ、キッティング、個人情報保護法の教育などなど様々な仕事に関わっていました。代理店なので営業系の会社で、営業の人たちは夜遅くまで残業して仕事をしていました。そんな中、私は社内システムさえ適切に運用できていれば、定時で帰っても問題ない状態だったのでよかったです。

この頃から、徐々に独立を視野に活動を開始していました。Eコマース会社時代から片手間でやっていた、MOONGIFTというサイト(一時はOpen Alexandriaという名前)の更新を日々行い、徐々に知名度が上がっていきました。MOONGIFTの更新は朝5時起きで行っており、それが終わったら8時には出社して、他の人たちが出社する10時までにあらかたのタスクを完了させておくといった働き方になっていました。

これが2年以上続いて、徐々にMOONGIFTを通して仕事が得られるようになってきました。主にWebサービスのコンサルだったり、記事執筆の仕事などです。そうした中で、概ね目処が立ってきた頃、退職を願い出ました。なお、最初は引き継ぐ相手がおらず、外部企業に依頼する形になりました。その会社への引き継ぎで約半年ほど、MOONGIFTの席(物理)を置かせてもらいつつ、外部委託として運用を任せてもらっていました。

2006年の春頃には引き継ぎも完了し、広告代理店を離れることとなりました。

フリーランス時代

フリーランスになった初期の頃は、Webのコンサルティングであったり、ベクター社と一緒にMASHUPEDIAというサイトを運用したりしていました。一時期、システム開発のお手伝いなどもしていましたが、開発請負はほとんどやっていません。

2008年4月にBPStudy #8で登壇しています。connpassがはじまったのは、BPStudy #33から(それまではatnd)ですが、自社勉強会を管理するためにはじまったconnpassが、今も続いて巨大なコミュニティ管理サイトになっているのはすごいですね。

MOONGIFTはその頃も更新を続けており、2009年にフリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略という書籍が発売してフリーミアムという言葉が流行り始めのに合わせて、MOONGIFTプレミアムというサービスを提供し始めました。これはまったく鳴かず飛ばずでしたが、コンサルティングを行う上での大事な実験にはなりました。

2010年ごろからはプロマネのアウトソースを行っていました。週1〜2とかでクライアントのところに行って、進捗管理やタスク整理、ドキュメント整備などを行っていました。2010年ごろはiPhone 4が発売し、モバイルアプリ開発が盛んだった時期です。多くのVCがモバイルアプリ企業に対して投資し、開発スピードが求められていた時期でした。

法人時代

そうして、2013年ごろに株式会社MOONGIFTを作り、法人化しています。理由としては、当時Mobile Touchというモバイルに関するメディアを立ち上げようとしたのに起因しています。メディアを立ち上げる上で、寄稿者や広告主に対して安心してもらうために法人化しました。結局、メディアとしては1年程度でクローズしているので全くダメだったのですが。

そうした中で、メディア以外の軸になる事業を考えていた時に出会ったのがDevRelというキーワードです。元々の発端としては、2014年2月ごろにEvernoteのマーケティングが日本と海外で全く異なるのを知ったことでした。海外(アメリカ)ではハッカソンの協賛したり、ミートアップ開催を通じてAPIを開発者に対して発信していました。それに対して、日本ではドコモ社との提携を通じて、カバンや文房具の販売など、一般ユーザー層に対してアプローチする方式をとっていました。この違いを調べていく中で出会ったのがDevRelです。

DevRel事業の開始

また、チャット友達のmasuidrive(増井雄一郎)さんがAppcelerator, Inc.にてエバンジェリストを行っていたことも大きかったです。上記の件を聞いた時に、そういった活動はグローバルではあるという話でした。また、すでにAWSではそういった活動が活発に行われていました。

海外では行われているのに、なぜ日本ではできないのかを考えた結論としては、エバンジェリストの給与水準が高いことが考えられました。例えば当時堀内さんがAWSのエバンジェリストをされていました。堀内さんといえばgumi CTOでもあった人で、そうした人を雇用するとなれば、それなりの給与が必要です。おそらく日本の給与レンジには合わないのではないでしょうか。

エバンジェリストは技術的レベルが高く、ブログなどのライティングスキル、登壇スキル、コミュニケーションスキルなどマルチに持ち合わせていることが求められます。こうした人は市場にも多くなく、その結果として給与が高くなります。そのため、日本企業では雇用しづらいと考えましたし、今でもそれは変わっていないように思います。

そこで、事業としてDevRelをアウトソースで請けるのを思いつきました。コンサルティングをやっていた際に感じたのですが、コンサルティングで必死に調査してレポートを書いても、それを実行するリソースがなければ絵に描いた餅です。コンサルティング側では実行責任を負わないので、金銭的には問題ありません。しかし、この実行に至らないレポートは本当に意味がないものに感じられていました。

アウトソースであれば、クライアントにリソースがなくとも問題ありません。こちらでできることを提案し、了承が得られれば実行するのみです。このやり方で2014年3月に2社ほど提案し、最初の2ヶ月は無料という形でスタートしました。結果として、この2社とも有償契約に結びついています。

コミュニティ立ち上げ

DevRelを事業化する上で苦労したのが「DevRelが何かを説明するのに時間がかかる」ということです。説明した上で納得してくれる方は多かったですが、最初の認知のハードルが高過ぎました。約1年ほど一人で続けていても、ごくごく僅かにしか伝わりません。広がりに限界を感じる中で、考えたのがコミュニティの立ち上げです。

DevRel/Tokyoの前進であるDevRel Meetup in Tokyoを立ち上げたのが2015年9月です。ちょうど同じ年の2015年9月30日にDevRelCon London 2015が開催されることもあり、徐々に機運が高まっている時期でした。コミュニティの中で、開発者向けのマーケティングを行なっている人たちが、自分たちの活動がDevRelであると認知すること、どういった活動がDevRelであるかを広めていくことができました。

DevRelConについては、日本ではDevRelCon Tokyoとしてフランチャイズし、2018年から開催しています。また、DevRel/Japan CONFERENCEとして、日本語でのカンファレンスも実施しています。こうしたコミュニティイベントと、カンファレンスを通じて徐々にDevRelの認知度が高めていきました。

インドでの活動

同時に行っていたのがインドでのDevRelコミュニティ立ち上げです。2017年8月に最初のイベントを行いましたが、この時は4人の参加者でした。そのあと、コロナ禍もあってしばらく間が開いてしまうのですが、2回目以降は150人〜200人くらいの参加者が集まるようになっています。

「なんでインド?」とよく聞かれるのですが、これは種まきです。インドは人口ボーナスがあり、ITも盛んです。世界のテック企業のCEO、その多くがインド人になるほど優秀な人たちが多いです。そうしたインドの優秀な人たちがサービス開発を行い、世界展開する上で日本市場に目を向けた時に私を思い出してもらうのが狙いでした。

最近行けてないのですが、また行きたいなーと思っています。

AIの到来

コロナ禍の混乱もありましたが、事業としては割と好調でした。オンラインのイベントであったり、オンラインコミュニティの育成に関わることも増えていましたし、ブログなどのコンテンツマーケティングは根強い人気がありました。出張は減りましたが、並行して進められることが増えたり、移動時間がなくなったことで作業時間が増えたのはむしろよかったです。

そうした中で劇的な変化が起きたのはAI(LLM)でした。2025年は猫も杓子もAIばかりでした。AI機能などまるで搭載していないサービスですら、AIと絡めたイベントを行いたい、ブログ記事を書いてほしいという始末でした。また、提供サービスがAIの煽りを受けて、売り上げが下がってしまい、マーケティング予算を削られるケースも多くありました。グローバルでは2023〜24年くらいにコロナ禍にレイオフの嵐が起きましたが、それの日本版が数年遅れてきたという感があります。

そうした中で、AI系については好調でした。特にCodeRabbitはシリーズAで1,600万ドル、シリーズBで6,000万ドルと高い評価を受けています。そして、日本では多くのユーザーがついていたこともあり、MOONGIFTにDevRel支援の依頼が来ました。

2025年について言えば、CodeRabbitともう1社、あとはブログ系で複数のクライアントで回っていたような状況です。

国内企業の低迷

2022年くらいから感じるようになったのは、国内の開発者向けサービスの低迷です。実際には、もっと前からあったのかもしれません。

スマホが出てきた当初、アプリ開発をサポートする開発者向けサービスが多数出てきました。例えばアプリ開発プラットフォームのMonacaや、バックエンド機能を提供するニフクラ mobile backend、実機テストをクラウドで提供するRemote TestKitなどです。

また、IoTに注目が集まるようになった時にもいくつかのサービスが出てきました。最も有名なものとしてはSORACOMがあります。また、MOONGIFTでもサポートしていたIsaaxというサービスもありました。他にもobnizやeneblarなど様々なサービスが生み出されてました。

Web3(ブロックチェーン)に注目が集まると、Orbのようなサービスも出ました。その後、AI(LLMではない)の時代に入ると、FRONT-END.AIのようなサービスも出てきましたが、LLM登場以降は日本から開発者向けサービスがとんと出てこなくなった気がします。あっても、海外のオープンモデルなAI(Stable DiffusionやDeelSeekなど)をラップして提供するものくらいだったのではないでしょうか(そんな中、グローバルに対してサービスを打ち出しているROUTE06GiselleLiam ERDには期待したいですね)。

こうした背景があって、DevRel事業の軸足を外資系企業向けに変更したのが2025年後半くらいでした。つまり、外資系企業で日本市場に興味があるところが、開発者マーケティング委託先としてMOONGIFTを選んでもらう形です。スペクト株式会社さんとかが似た形かも知れません。

実際、いくつか問い合わせもあって話を進めていたのですが、ほぼAI系サービスでした。

そして会社員に戻る

そうした中で、2025年に始めたCodeRabbitへのフルコミットを決めました。元々、コミットする時間を増やせるかという相談はあったので、中途半端に増やすくらいならフルコミットした方がいいと判断しました。これは、いくつかの要因がありました。

  • 国内企業向けのDevRel需要の低下
  • 外資向けDevRelの需要増
  • AI系サービスの隆盛
  • CodeRabbitのシーズンBの増資

AIは最後の発明と言われるほど、多くの可能性と今後の危うさを秘めた状態です。業界全体が大きく変わる可能性がありますし、すでに多くの面で影響が出ています。過去におけるドットコムバブル、スマホ、IoTにつぐ波になっています。まさにビッグウェーブ状態で、半端に関わるなら一気に飛び込んでしまうのも面白いと思った次第です。

元々CodeRabbitには2025年2月くらいから関わり始めていたので、大きな可能性を感じていました。しかし、類似サービスも続々と登場する中で「もしかするといきなり買収されてクローズするんじゃないか」という思いがあったのも確かです。アメリカのスタートアップではM&Aでサービス終了することも多々あるので、そういった可能性は外せませんでした。

しかし、2025年9月にシリーズBにて6,000万ドルの資金調達し、これはもっとぐんと伸びると確信しました。そこで、フルコミットする話を先に進めて、なんだかんだあって2026年2月から社員となることとなりました。3ヶ月くらいかかったのは、私自身が焦っているわけではなかったので、放置気味だったことも要因です。

フルコミットを決めた理由として、CodeRabbitでは日本人初の社員で、日本にいるのも自分一人ということが挙げられます。デベロッパーアドボケイトとして、あらゆるフェーズに関われますし、企画と立案そして実行まですべてをやらないといけません。ブース対応や登壇、ソーシャルメディアの運用といったわかりやすいものもあれば、広告出稿の契約や素材の用意、Tシャツのデザインと注文、事例インタビューの実施と記事執筆なども行なっています。この辺りは、一人法人でやってきた期間が長い分、自分で決めて自分で動くのが好きというところでもあります。

今回、個人的な使命として「日本市場の価値証明」があると感じています。日本市場は人口源、言語の壁というマイナス面が大きい中にあって、現時点では経済規模がそれなりにある状態です。投資対効果をはっきりと示せれば、人員追加や支社設立なども考えられるようになるでしょう。その先兵として、必要なことはなんでもします。その意味ではDevRel(開発者)だけでなく、エンプラ系企業の対応や、パートナー周り、カスタマーサクセスとの連携なども必要です。このAI界隈は動きがとても激しく、日々新しい状況が生み出されています。新規参入者もいれば、ビッグプレイヤーの参入もあります。

そういった変化の激しい状況の中で働くのは、2000年くらいのスタートアップ以来かもしれません。ただし、あの頃は開発だけしていれば良かったのですが、今回は他のこともやらないといけないのが大きな違いです。日本の情報の多くは日本語で発信されているので、海外にはほぼ届きません。そのため、コンテンツを翻訳・要約して伝えたり、イベント情報をまとめたりと、情報共有も欠かさず行わないと、日本のプレゼンスが示せない状態です。

そういった意味でも、割とこれまでに自分で培ってきた全ての知識やテクニックを総動員する必要があるなと感じています。開発者としての経験、コンサルティング、経営者(といっても12年間、ほぼ一人でしたが)としての経験をフルに活かして攻める必要があるでしょう。特にAI周りは今年、2026年が最重要な年になると感じています。

日本支社のない外資での雇用

日本支社がない場合、日本の法令に則った雇用が難しくなります。そのため、本当に小さなところでは委託契約みたいな形になることもあるようです。CodeRabbitの場合、元々リモートで働くメンバーが世界中にいるので、RipplingというサービスのEOR(Employer of Record)を利用しています。これは、企業(CodeRabbit)に代わって、海外の従業員(私など)を雇用し、雇用契約や給与支払い、社会保険の加入などを代行する法人やサービスになります。つまり、厳密に言えば私はRipplingと雇用契約を結びつつ、CodeRabbitと報酬などについて契約する形になります。日本語では雇用主代行と呼ばれるそうです。

法人の扱い

CodeRabbitに入社するにあたって、株式会社MOONGIFTはどうしようかと迷っていました。CodeRabbitの日本法人がないため、契約系で若干の面倒さがあります。そのため、外部委託として関わっていた頃は、株式会社MOONGIFTが代理店として契約する形をとっていました。この方がスムーズなのですが、そのためだけに法人を維持するのは意外とお金がかかります。各種クラウドサービスや会計事務所の契約、バーチャル住所などで年間50万円くらいでしょうか。その上、消費税の支払いなどもあり、とても面倒です。

そこで、会社自体解散する運びとしました。そして、またフリーランスとして屋号MOONGIFTを届け出済みです。いくつかの事業や経費はフリーランス側に引き継ぐ形になります。また法人が必要になるかはわかりませんが、必要になったら再度設立すればいいでしょう。freeeなどは会社設立ウィザードがあるので、以前と違ってとても簡単に申請できます。

結局、どの働き方がよかったのだろうか

正社員、フリーランス、法人といくつかの働き方を経験してきましたが、結果的にどの働き方がよかったのでしょうか。これは完全に個人的な意見ですが、フリーランスが良いのかなと思っています。

法人のメリット・デメリット

法人になるメリットは信用でしょうか。おそらく一人法人なら、それ以外のメリットは大してない気がします。よく法人税と個人の所得税の関係で、法人になった方が節税になると言われていますが、そんなことありません。そもそも「個人のお金」と「法人のお金」は別物なので、法人の方に残っているお金を個人の裁量で使ったら、それは横領です。個人で好きに使いたいなら、役員報酬を増やさざるを得ず、そうすると法人税を取られた上で、社会保険料も上がってダブルパンチです。

日本の企業と契約する上で、法人化していると話がスムーズというケースは多いかと思います。大企業であったり、上場していたりすると、フリーランスとの契約で手間取ったり、代理店が入ったりします。これが面倒というケースはあるかも知れませんが、請求書の出し先が変わるだけなので、慣れてしまえば大した手間ではないかも知れませんね。あと、外資系企業では問題視されないケースもあるので、日本企業(特に非IT企業)との契約が多いかどうかによっても違いそうです。

逆にデメリットとしては、費用が増える気がします。会計事務所との契約もそうですし、バーチャルオフィスの契約もあります。個人だったら不要と割り切れるクラウドサービスもあります。最初の定款を作成したり、法人印の作成などもあります。

フリーランスのメリット・デメリット

フリーランスのメリットは、働き方の裁量が大きいことでしょう。逆にいえば自己責任ということですが、自分が納得できるなら自分の好きなように働き、仕事を選択できます。個人的には常駐型の仕事はできず、訪問したとしても週1〜2回といった程度にしていました。常駐型の仕事は時間型サービスであり、束縛が発生します。成果型の仕事にすれば、並列して実行でき、成果さえ上げられれば相手の満足度は変わりません。

フリーランスのデメリットは不安定さでしょうか。これは法人も変わりませんが、自分の強みであるスキルのトレンドが変化すると、あっという間に需要がなくなる可能性があります。その不安定さを楽しみに、自己研鑽して新しいスキルを手に入れ続けたり、他者とのコミュニケーションを欠かさないようにしないといけません。

会社員のメリット・デメリット

では会社員が安定しているのか、と言われるとどうなのでしょう。確かに日本の雇用契約では、そう簡単に首にはできません。しかし、大企業では再就職支援や早期退職制度などを通じてリストラを行なっています。会社から言われたことだけをやってきて、社内でしか通用しないスキルを持った人が突然放り出されて、何ができるでしょうか。50代を過ぎて会社にへばりつくか、さっさと見切りをつけて次に向けて動き出すか、どちらかになるでしょう。

個人的には、自分の経歴を見る限り会社員には向いていないように思います。3年続かないのだから飽き性で、辛抱強くないのです。そのため、私自身は会社員のメリットというのがよくわかっていないのだろうと思います。CodeRabbitについては、会社員になるというよりもフルコミットして、CodeRabbitの成長をブーストさせたいという考えの方が強いです。ブーストさせるためには、もっと社内のリソースを知り、活用する必要があり、そのために社員になったという感じです。

99年卒ということもあって、私の世代はいわゆる就職氷河期世代です。たまたま私は高専に入り、就職には困らない状態ではありました(その中から選んでいないので意味なかったのですが)。そのせいもあってか「会社は自分を助けてくれない」という思いは常々あります。会社には私のリソース(時間、働きなど)を提供し、会社からはその報酬をもらうという関係でしかありません。もし私が大怪我、大病を患ったとしても、会社が生涯面倒を見てくれるわけではありません。特にIT業界では心を病んでしまう方も多く、個人的にもそうした人と何人か会ったことがあります。会社での働き方(働かせ方)に問題があったとしても、1年程度の休暇を与えて、その結果無理なら依願退職になります。それで終わりです。

そのため、お互いにメリットがある状態を維持するのが大事なので、メリットが感じられなくなった時点で退職してしまうのです。「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」と言いますが、強力にブーストさせるなら多人数が集まった方がいいでしょう。つまり、個人的な成し遂げたい思いがあり、それが実現できる場ならば企業に属するのはいいと思います。

まとめ

この記事を書いている時点では、まだ正式にCodeRabbitの社員にはなっていません(2026年2月から)。1月はこれまでの仕事の整理などに費やしていました。2月からアクセルを踏めるよう、しっかりと準備をしていきます。

ジョブチェンジも6回目、新しい挑戦のはじまりです。変化の激しいAIの波の中で、必死にもがいてみたいと思います!